山西省四方山話 4
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吉県にて(1) 黒豚の屠殺




 山西省と陜西省の境に黄河が流れている。その黄河の滝(瀑布)を見に行くには太原市より西南の地、吉県に泊まると便利がいい。
 夏も終わりに近づいていたが、まだ暑さが続いていたある日、私たち四名は太原から車で黄河を目ざして出かけた。
 吉県の県城は小さく見学するような所はないが、街のなかの市場は賑やかだ。
 夕飯を食べたあと夜店を冷やかしに出かける。道路わきの歩道にはゴザを敷いた露店が並んでいる。果物を並べた店で珍しい物を見つけ聞いてみると、親父さんは「キゥウイだ、中国が原産地だ」という。日本のと違って大きく毛が長い、かじってみると味は変わらない。露店を見ながらぶらぶら歩いていると遠くで雷が鳴った。雨の少ない山西省では恵みのオシメリか有り難いと思っていると、突然稲妻が走り落雷と同時に停電。まったくの闇夜、まるで墨の中に放り込まれたようで何も見えない。飯店に帰るしかないが足元が見えない、頼りは歩道脇の塀だけだ、手で触りながら戻る道はガタガタの悪路。しばらくすると遠くにローソクの灯が見え始めた、何とか飯店にたどり着き部屋に戻る。すぐに服務員がローソクを持ってきてくれた。しかし停電は続き、これでは寝るより仕方がなかった。
 翌朝は早く目が覚めた。散歩に出ると夜中の雷雨で、気持ちのいい空気が漂っていた。近くに黄河に注ぐ川が見えてきた、大きな川だが水は少ない。広い河原に面して家が立ち並んでいる、まるで水墨画のようだ。
 そんな風景を眺めながら歩いていると橋に出た。対岸の河原で火を燃やしている近づいて見ると大きな釜で湯を沸かしている。五右衛門風呂だ。朝風呂にでも入るのか、眺めていると下から男の声がした。見下ろすと男が二人、降りて来いと手招きする、降りて行くとこれから豚を殺すから見て行けという。
親子なのか、若者が河原の豚小屋から泥だらけの一頭を釣りに使うギャフを口に刺し込み引きずり出してきた。ギャーギャー呻き声を出し後退りする豚、親父が後ろから押して石を積んだ台の上に乗せた。息子が口を引っ張り親父が上から押さえ込む。その瞬間親父の手が動いた、あっと言う間の出来事だ。喉が切られ鮮血が河原の石を染めてゆく。息絶えると二人で大釜に投げ込んで洗い始めた。そして黒豚が白豚に変わった。
 今日の昼には自由市場の売台に乗るという、まだ生暖かいかも知れない。