山西省四方山話 6
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秘 密 寺
いつものように机の上に山西省の地図を広げて、興味を引くような場所がないかと探していたら、何度も訪れたことのある五台山の一つ西台の麓に「秘密寺」というミステリアスな名前の寺があるのを見つけた。
 1996年秋、五台山に向った。メンバーは都会のビルや信号機が嫌いな自称「山西人」、中国残留孤児のTさん、そして私と中国人運転手の梁さんの4人。
 台懐鎮の寺廟群をのんびり参観したあと、秘密寺に向った。南の峠を越え豆村鎮を通り西北に走ると、黄土高原とは全く趣の異なる岩の山地が続いている。小さな峠を越えるとそこは繁峙県で、点在している山村はいずれも耕地が小さい。
 しばらく走ると右側に高い岩山が迫ってきた。地図でみると秘密寺は山の麓にある。道に沿って流れる川に車が辛うじて通れるほどの木の橋が架かっていた。そこを通り抜け山道をしばらく登っていくと山の絶壁を背にして大きな山門が現れた。秘密寺だ。
 唐代に秘魔という名の和尚が修行し禅宗の道場として栄えたところから、この地では「秘魔寺」とも「龍洞」とも呼ばれている。
山門をくぐり大雄宝殿に入っていったが人の気配がなかった。そのまま文殊殿から仏塔などをみて回っていると僧舎があった。中に入ると若い坊さんが一人、杖に仏像を彫っていた。参拝者のみやげ物だという。一見少年のように見えたその坊さんは、そばで見ると、厳しい修行の積み重ねがそうさせるのか、はっとするような迫力があった。しかし、突然の訪問者をこころよく歓迎し、境内を案内してくれた。
 清代の大雄宝殿や文殊殿、唐代の磚仏塔などもあり歴史の古い素晴らしい山寺だなあ、と感動していると、遠くから猫の鳴くような声が聞こえてきた。坊さんが急いで僧舎に走ったので、我々もあとを追って中に入った。そこには窓の柵をつかんで泣いている2、3歳くらいの女の子がいた。「え?お寺に子ども?」。妻帯者がいるので「秘密寺」と呼ばれるのか?坊さんの話では、貧しい山村では女の子や育てるのに大変な未熟児が捨てられることは珍しくなく、この子もふもとの村に捨てられていたのだという。そんな赤ちゃんを坊さんは男手一つで育ててきた。みな、感激することしきり。坊さんは子どもを抱いて、我々を山門まで見送ってくれた。
 あれから15年、あの子はどんな娘さんになっているだろうか。