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【万引き・コソ泥】
 センターに入所した翌日、生活指導の職員から帰国者全員に宿泊棟での生活に必要な規則・知識・器具の使用方などの講義と説明をする。その後、当座の生活必需品の購入を兼ね、買い物指導に行く。各世帯の大人を何班かに分け生活指導員が引率し、商店・スーパーなどに出かける。そこで指導員は買い方など細かく説明したあと、各自の欲しい品物をカゴに入れさせ、レジでの支払いまでを体験させ覚えさせる。
 初めてスーパーに入った帰国者が驚くことは、店内に並べられた品物の側に店員が付いて居ないことだ。彼等の育った農村地域の店では考えられない光景なのだ。店内に品物が落ちていると錯覚するという。
 この買物指導で皆はその時は分かった顔をするのだが、実際に一人で買い物に行くと迷うことが多いという。店内が広く、欲しい品物が何処に有るのか探せない。店員に聞いても中国語は通じない。品物の種類、値段、説明書きも読めない。暫くは悪戦苦闘の買い出しになる。
 そのことが理由なのか、帰国者の入所後すぐに発生するのが「万引き」事件なのだ。店員に万引きを押さえられると、自分の袋やポケットに入っていても、必ず「後で支払うつもり」と言い訳をする。引き受けに行った職員がその場で注意と再指導をする。その時は帰国者も万引きは悪い事だというのだが、その後も万引きは無くならない。どこの店も帰国者には眼を光らせている。店に入ってくると服装や顔なので見分け、マークする。高価な商品や常習者の万引きだと警察沙汰にする。
 センターの近くに所沢警察署がある。ある日、警察署から万引きをした子供を引き取りに来るよう連絡があった。行くと個室に小学生の女の子。取り調べた婦警さんは、万引きした商店で聞いたが口を開かない。そこで連れてきたのだ。しかし、何時間も聞いたがやはり口を開かず喋らない。何人かの婦警さんが入れ代わり説得したが完全黙秘だという。婦警さんと言えば恐い存在だ。その彼女たちがギブアップしたのだ。「何という小学生なのか」、「末恐ろしい」とは婦警さんの言葉だ。
あるデパートでのこと、店長が万引きをした帰国者の女性を捕まえた。例によって女性は「後で払うつもり」と、誰もが使う言葉を繰り返す。その他の言葉は中国語のため店長は何を言っているのか分からない。そこで警官を呼ぶというと女性は泣き出し床に倒れ、亀の子をひっくり返した様に手足をバタバタさせ大声で泣いた。すると店の客は何事かと寄ってきて二人を囲んだ。すると、泣き喚く女に同情が集まり、客は口々に「ひどい仕打ちだ」、「可哀そうだ」、「イジメルな!」と店長に非難の矢が向いた。店長は仕方なく商品を取り返し警察沙汰にしなかった。女性を引き受けに行った時に見た店長の困惑した顔が忘れられない。
ある家族は、入所直後から食事に鯛や海老、それに厚い豚肉を料理している。それも毎日だ。周りの人たちは、「あの家庭は知識階級の人だ」、「中国で旨いものを食べていたのだ」「金があるのだろう」とうわさをし、眺めていた。その家族は都会出身の4人家族、年頃の二人の娘さんも高学歴の一家であった。
 そんなある日、近くのスーパーから電話があった。駆けつけると店の事務所で警官の取り調べを受けている家族がいる。それも四人だ。よく見るといつも贅沢な食事をしている一家だ。店長の話では、この家族を長い間マークしていたが、万引きがバレないように全員の連係プレーで高級食材だけを盗んでいたという。
 ある休日の夜、睡眠中に電話で起こされた。センターの所長からだ。万引きで捕まった青年がこれから釈放されるので引き取りに行くよう指示された。場所は大宮駅前派出所。私の家から大宮までは車で30分ほどで行ける。派出所に着くと中に3人が座っている。私の顔を見てほっとした様子だが、申し訳なさそうな表情。警官によると、駅前のデパートで背広を何着か万引きした。店員に捕まったが、彼等は言い訳ばかり繰り返すので警察署に連行した。そして今迄長時間取り調べていたという。私が警官から渡された「身元引き受け書」にサインが終わると、突然警官は三人に往復びんたをくらわした。彼らの表情は強ばった。彼等は何を感じただろうか。