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『食事・珍料理その2』
 このセンターを退所し、埼玉県の秩父地方に定着した帰国者がいる。ある日激痛に襲われた。医者は腹痛の原因が分からない。何を食べたか聞いても本当の事を言わない。何時間も痛みは治まらない。その後、患者は仕方なく「蛇苺」を大量に食べたと白状した。中国では蛇苺を白酒に入れたものを神経痛の漢方薬としている。それを知っていたのか、野原に真っ赤に熟れた蛇苺は食べられると思ったらしい。
 秋に入所した帰国者は寒くなると殆んどの家庭が白菜を漬ける。研修棟での授業が終わると、帰り道に近くのスーパーに寄り、各自で二株が束になった白菜を買う。それを頭上に乗せて片手で支え、宿泊棟まで3キロほどの道を行列して帰ってくる。その集団行列はどこか異国を思わせる光景で、所沢の冬の風物詩となった。
 その白菜を漬けるのに塩は使わない。そこですぐに酸っぱくなる。それが旨いのだという。「酸菜」といい、そのまま食べる。また炒めものに混ぜたり、スープに入れたりもする。
 生の落花生が手に入ると、堅い皮が付いたまま香辛料を入れて茹でる。中国でよく作るという。これが意外と美味しい。皮を剥いた豆は油で揚げオカズとして食卓に並ぶ。酒の肴にもなっている。
 羊肉も好きだ。寒い時期のシャブシャブ料理は分かるが、暑くなると食べる料理がある。肉屋に取り寄せて貰い買ってくる。羊肉の入った塩味の強い熱いスープ、そこに胡椒をかけ呑んでいる。汗が吹き出てくる。これは「夏負け」防止の料理で、汗は出れば出るほどいいという。
 厨房を拡張し、夕食も自炊にしたことで料理の量は飛躍的に増えた。しかしセンターでは帰国者が料理に使う食用油が半端な量で無いことに考えが及ばなかった。
 彼等は1リットルや2リットル瓶では直ぐに使い切ってしまう。そこで家族の多い家は一斗缶を買ってくる。その大量の油を使う料理のため、厨房の換気扇から外に吐き出される油の煙はコールタール状となり、壁を伝わり外に流れ出る。急遽排気口の下に鉄板のトレイを設置する。また厨房内の換気扇に付いた廃油は内側にも流れ落ちてくる。受け皿を付けるが直ぐに満杯となる。2〜3週間も溜まると天ぷらができるほどの量になる。そのうえ調理の後に鍋やフライパンに残った油もそのまま排水口に流す。
 何か月も経たないうちに台所からの排水が悪くなった。そのうち一階の台所は水が流れなくなり床に溢れ出した。清掃業者に修理を頼むと、長いノズルを排水口に差し込み回転させ開通させる。しかし暫くするとまた詰まる。そのことが度重なると清掃業者も疑問に感じたのか、点検する為に台所から外に通じる地下の排水管を掘り出すことにした。出てきた直径10センチほどの硬いビニール管を割って見ると、何と排水管の内側にはラァード状に固まった廃油がビッシリ詰まっていた。清掃業者はこんな状態を見たのは初めてだと驚く始末であった。
 帰国者の料理に欠かせない油は必需品だ。その使用は止められない。そこで排水管は太い管に交換しなければならなくなった。