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『食事・珍料理その1』
中国人は食べることを生活の中で最も大切にしている。
 給食センターで大量生産された仕出し弁当は食べる頃には冷たくなっている。中国で温かい食事をとってきた帰国者は冷たい給食は家畜の肥料だという。 
 次第に食欲のなくなる者が多くなる。不味くて喉を通らない。臭いが鼻について食べられないと、弁当箱に食べ残した量は日々多くなっていった。給食が食べられない者は朝食と休日用に支給される自炊費を工面し饅頭などの弁当を作る。日本では考えられない栄養不良の人も出てきた。
 厨房は狭く2台のガス台を5〜6世帯で使う。簡単な朝食を作るにも四時起きだ。時には奪い合いになる。センターでは当初から夕食の自炊は物理的に不可能な構造になっている。
 帰国者は誰もが「夕食代の給食代は450円」。これだけあれば美味しい中華料理ができると、自炊を要望するがセンターは「定着後の困難な生活に耐える力を身につけて欲しい」と説得する。
 帰国者は四か月毎に入れ代わり入所してくる。毎期生とも給食について同じ不満が続出し、自炊の要望が出されていった。そこでセンターでは厨房の隣にある居室を壊し厨房を拡張した。帰国者の念願であった夕食も自炊することが実現した。その結果、自ら好みの料理を作る帰国者の表情は日々明るくなっていった。夕食になると厨房から賑やかな声が聞こえてくる。主食は饅頭と餃子が多い、麺を打つ人もいる。
 彼等は安くて旨い食材を見つけてくるのが得意だ。厨房を覗いて見ると、日本では見たことも聞いたこともない珍料理を作っている。
 饅頭や餃子それに麺もみな手作りだ。そこで小麦粉は何十キロと買ってくる。それが狭い部屋の隅に山積みになっている。時々事務所に茹でたての餃子の差し入れがある。やはり本場物は旨い。
 鶏の足だけが大きな鍋に山盛りになっている。肉屋に置いていない物だが頼んで取り寄せてもらったという。安いので一人で何キロも買ってくる。油で揚げる。醤油と砂糖で煮詰めて佃煮風にする。スープに入れるなど、オカズや酒の肴にしている。鶏は安い部位ほど旨いという。日本では考えられない食材の料理だ。
 春に入所した帰国者は野草を摘んでくる。山羊が食べる草は人間が食べても大丈夫という。中でもタンポポには目がない。宿泊棟は国立リハビリセンターの広大な敷地の一角にある。その空き地に野草が生えている。隣接するアメリカ通信基地の周りにもある。休日には家族総出で山ほど摘んでくる。日本では今は食べないというと、こんなに栄養があって美味しいものはないという。茹でたり、油で炒めて食べている。中国人の食文化への豊かな知識や技術・生活習慣には啓発されるとこがある。
 時には、生きた鯉や色鮮やかな錦鯉が俎板の上で調理されている。中国人は鯉が大好物だ。7〜80センチ程もある大きな鯉はリハビリセンターの庭にある池から青年たちが捕まえてきた物だ。リハビリセンターに謝罪の電話を入れると、「何十匹もいるからいいですよ」と寛大な返事を戴いたのでほっとした。しかし、その後入所者に「捕獲厳禁」と注意を促すことになった。
 錦鯉は近くに航空公園の池から釣ってきたものだ。これも管理事務所に電話を入れると「家庭で飼っていたものが大きくなり、持て余した魚を放しているので増える一方だ」と、ここでも帰国者には大目にみてくれた。
 彼等は色の付いた魚は旨いという。そこで金魚も釣ってくるが、錦鯉や金魚のから揚げは見た目奇麗だが食べる気は起きない。亀、ザリガニのスープも美味しいと、釣れたのもは何でも胃袋に入れている。