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【体験実習】(2)

 こんな体験実習があった。そこは長野県の地方であった。職種は手押し台車を製造する会社。しかし、社員寮は無く街から離れていて、探したが近くに宿泊施設が見つからない。すると幸いにも、その会社には最近センターを退所した孤児家族が働いていた。そこで孤児に相談すると、自分が居住する家の大家さんが近所に新築したアパートがあり、そこを貸してくれると言う。そして寝具、食器類も用意してくれた。
 問題は食事の賄いであったが、そこは孤児家族も協力してくれると言うので、同行する職員と朝夕の食事を作り、昼食は仕出し弁当にすることにした。
 実習生は男女で十数名。仕事は台車に付ける部品の加工などで、鉄板やパイプの切断、車輪の取付け、塗装などの単純な仕事。真夏であったが工場内は広く、天井も高く風通しのいい職場だ。
 午前中に職員は通訳の仕事もあり、職場に作業状況を見回りに行く。午後は食材の仕入れに街に行く。この実習は、食事を自炊にした為に経費は大幅に余裕があった。献立はカレー、豚汁、天ぷら、焼肉、卵焼き、焼き魚、それに帰国者が作ってくれる餃子だ。飯は最上級の米にした。皆、こんな旨いメシは食べたことがないと、我々の倍は食べる。デザートは中国人の好きなスイカだ。
 食後は、部屋に部屋にテレビは無く、街も遠くで遊びに出かけない。近くの帰国者たちと交流したり、初めて遊ぶ花火に興奮。手に持った線香花火に興味津々。寝るまでトランプなどで遊ぶ部屋、日本語を学習する部屋に分かれる。夜食の菓子パンもこんなに旨いパンは初めてと大喜び。
 そして、体験実習は怪我もなく無事に終わった。この一週間は、研修生が会社にお世話になったにも関わらず、最後に社長から青年たちに感謝の言葉と、台車を一台プレゼントしてくれた。これには皆大喜び。センターも台車は必需品で大助かり。
 今までに実施してきた体験実習で、大きな怪我や病気など事故は無かったが、「事件」はあった。
 その体験実習で起きた「事件」は、信州の閑静な農村にある工場での出来事。男女で十名程が実習していた。初冬の頃で、仕事が終わり帰る道はもう真っ暗。宿舎に帰り食事を済ませた後は、部屋にテレビは無く、外は寒く見知らぬ土地で遊びには行かない。日本語を学習人が多い。同行している職員が先生となる。
 そんなある日の夜。職員が部屋を見回ると、皆が美味しそうにリンゴを齧っている。街で買う時間も小遣も無いはずだ。驚いた職員が問い質すと、夕飯だけではすぐに腹が減ってくる。こんな旨いリンゴは食べた事がない。仕事帰りの道端にあるリンゴ畑から取ってきたという。部屋の隅に置いてあるバックにもリンゴが詰まっている。
 この「事件」は、その夜の内にセンターの所長に伝わった。翌朝、一番に駆けつけた所長は謝罪に全員を連れて現場に向かった。幸いに、リンゴ農園の方は中国残留孤児問題に関心があり、この盗難の事情を理解してくれた。
 そこで「事件」は「謝罪の実習」となり、青年たちには貴重な体験となった。かつ「禍転じて福となす」社会勉強にもなった。